国家戦略と情報公開

あのー、池田氏VS小倉氏、なかなか盛り上がっているようですね(ワクワク)。
その分、モトケン氏VS小倉氏、はちょっと盛り下がってきたのでしょうか?(チト残念な…)
ま、いずれも野次馬的関心からですが。
それはさておき。


天木直人氏がこちらのエントリーの「日米同盟の正体を明かした外務省OB」で取り上げられていた本、『日米同盟の正体 迷走する安全保障』をさわりだけ読んでみました。
大げさではなく「国民必読の書」でしょう。
ま、日本では外交マターはあまり人気取りには使えないようですが…(あ、北朝鮮問題を除いて、ですかね)

日本外交がいかに稚拙で、インチキだったかが、ほんのさわりを読んだだけですが明らかにされています。
まぁ、アメリカの外交関係者の発言の引用ばかりですが…

例えば、

キッシンジャーが日本人は戦略的な思考ができないと批判していたことは、米国関係者の中では定説のように扱われている(26ページ)。

あるいは、

マイケル・シャラー・アリゾナ大学教授は…96年の日米プロジェクト会議での報告書「ニクソンショックと日米戦略関係」のなかで、「キッシンジャーの側近によれば、キッシンジャーは『日本人は論理的でなく、長期的視野もなく、彼らと関係を持つのは難しい。日本人は単調、頭が鈍く、自分が関心を払うに値する連中ではない。ソニーのセールスマンのようだ。さらに悪いことに駐米日本大使館に昼食に呼ばれるといつもウインナー・シュニッツェルしか出さない』と嘆いていた」と記述している(26−27ページ、強調は引用者、以下同様)。

さらには、

日本人に戦略思考ができるか。答えは多分ノーだ。ただこの答えを言うときには人種偏見と見なされぬよう注意する必要がある。われわれが多分ノーという回答をする時には人類の中で日本人をどう位置づけるかとは無関係である」(エドワード・オルセン〈元国務省員、後、大学教授〉)


「日本人の話を聞いていると、防衛という概念が存在していないようだ」(ジェームズ・ウィリアム・モーレイ)


国防省員は『大統領への対日政策の書類を作成していると、日本人は安全保障の問題に無知だから、われわれがガイドラインを作ってやらなければならないという気分になる』と述べている」(マイケル・ガンレイ)(以上28ページ)

どうだろうか?
もちろん、これを無批判に受け取ることもまた控えるべきだろうが、少なくとも日本がアメリカからは対等なパートナーという位置づけは得られていない、と考えていいのではないだろうか?(日本がそれでよいと思っているのなら属国意識に他ならないし、思っていないのだとしたらその思いは完全に裏切られている)


恐らく外務省の小役人たちは、この著書の中身を公的には決して認めないであろう(何しろ、沖縄密約の公文書がアメリカで公開されたにもかかわらず、ないと言い張る日本政府である)。
というのも、これを認めてしまえば、自分たちがインチキ外交をしてきたことを認めるに等しいのだから(プライドだけはやけに高いのが外務官僚の特徴なのだろう)。
しかも、自公政権が続く限りは、この戦略なき外交(それは日本の「国益」を棄損するものでしかないが)が続いていく恐れが濃厚である(ブレーキがかけられるならとっくにかかっているだろうから)。
従って、日本外交を少しでもましなものにする、という観点からも政権交代は是が非でも実現せねばならないだろう(政権交代したからと言って劇的に変わるものでもないだろうが、自公政権が続く限りは外交の改善は全く期待できない)。


あるいは、天木氏がこちらのエントリーの「佐藤優が語る外務省の内幕―小沢政権誕生を恐れる外務官僚」で以下のように述べられている。

 「自民党から民主党政権交代があっても、外交はわれわれ専門家が行うので変化はない」
 そううそぶく外務省幹部にその記者はこう言った。
 「そうかな、認識がちょっと甘いんじゃないですか。鈴木宗男さんは、民主党選挙協力をしているんですよ。民主党政権になれば、鈴木さんが外務副大臣になって戻ってくるんですよ。それが政権交代というものです」
 それを聞いたとたん、その外務省幹部は震え上がったという。
 この話を聞いた佐藤優は3月初旬のある夜、鈴木宗男とゆっくり話す機会があったので、鈴木宗男にその事を確かめたという。そうしたら鈴木宗男は次のように答えたというのだ。
 「本気だ。3ヶ月でもいいから、俺は外務副大臣になって、徹底的に人事を行なう。無駄なカネと部局を全部カットする。俺は外務省の連中に言われるままに予算や定員をつけた。それが国益のためになると考えたからだ。しかしそれは間違いだった。その罪滅ぼしだ・・・
  それよりも俺はもっと面白い事を考えている。田中真紀子先生と手を握ろうと思うんだ。そして田中先生と二人で、外務省の機密費に手をつける・・・」
 佐藤優はその記事の最後にこう書いている。
 「・・・機密費問題をめぐる真実や、外務省の『隠れた財布』になっている国際機関(拠出金)についての真実が表に出れば、背任や横領を構成する事案が山ほど出てくるであろう・・・」
 実はその通りなのである。外務官僚がもっとも恐れている秘密なのである。外務官僚が小沢政権誕生を心底恐れるわけである。外務官僚はどんな手を使っても小沢政権誕生を阻止しようとするだろう。

ここにも、民主党政権への政権交代を何としても阻止したい官僚の思いが読み取れる。
そして、(天下り根絶をはじめとする)公務員改革を党是とする民主党政権への政権交代を阻止したい思惑は、大なり小なりほとんどの官僚には共有され、官僚という村社会に独特の空気を醸成し、野に下ることを極度に恐れる自民・公明の思惑とも相まって、西松事件を成立させ得たと考えるのは穿ちすぎだろうか?


最後に、個人的には鍵を握るのは外交においても情報公開だと思う。
外交機密も将来公開されるということを前提とするなら、下手な交渉はできない(「下手な交渉はできない」という思いが戦略的思考への動機づけとなる)。
関係者の間で様々な意見を出し合い、シミュレーションし、その中でより妥当なものを選び取ろうとする、すなわち戦略的に振る舞おうとするだろう。
こうして、情報の公開が戦略的な振る舞いを導き出す(逆に情報が隠ぺいされるなら、失敗もまた隠ぺいされ、それゆえ失敗しないように振る舞うという動機づけが働かなくなる)。


行政機構は、より効果的に成果を上げるために、戦略的に振る舞うことが求められる。
だとすれば、行政機構の情報は積極的に公開されることが望ましい(もちろん、プライバシーに関わる情報は公開すべきでないし、情報の種類によっては直ちに公開することは控えた方がいい場合もあるだろうが)。
この観点からも公的機関の情報公開の原則が望まれる。